2016年11月14日

京都新聞評

 6月から月一で計6回、京都新聞評を寄稿し、11月13日掲載分で終了しました。5月に京都新聞の担当者から新聞に対する批評を書くことを求められ、「批評はどうしても上から目線になってしまうので、とても書けません」と断ったのですが、「記事に対する感想みたいなものでいいです」と言われ、これも与えられた試練だと引き受けました。それまで新聞は、見出しをザーッと見る程度でしたが、引き受けてからは毎日、それなりにしっかりと目を通すようになりました。読みだしてみると、新聞には実に様々なことが書いてあることに気づきました。共同通信から配信される記事はテレビやインターネットで伝えられるものとほぼ同じですが、京都新聞の記者さんが書いている記事には、よくぞここまで取材してるなあと改めて感心しましたし、記者さんの思いが伝わってくる読み応えのある記事に大いに感銘もしました。我が家では私が生まれる以前から京都新聞を購読しており、物心がついた頃からの付き合いですが、もっと小さいころからまじめに読んでいたらもう少しまともな人間になっていたのではないかと遅ればせながら反省しています。今回の機会を与えてくださった担当者さんをはじめ、多くの記者さん、編集者さん、印刷、配達をなさっている方々すべての関係者に感謝しています。ありがとうございました。


posted by tarutoku at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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